湯藤善行オフィシャルブログ 「湯党」 ~This is YUTO-style~

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湯藤善行

湯藤善行

学生時代

親友の父に憧れ、その背中を追うべく大学では建築学を専攻していました。将来は建築家になり、憧れの人と肩を並べるのだと信じて疑いませんでした。しかし学べば学ぶほどに、私の中で一つの疑問が生まれるようになりました。「自分はあの人に追い付けるのか?」という疑問です。その疑問を決定づけたのは、親友の父がある高名な建築家の設計した建物を見た瞬間に、感動のあまり泣き崩れたという話を聞いた時でした。その時、私には涙を流せるほどの情熱が無いことに気付きました。こんなに小さな世界の中で敵わないと思ってしまった以上、日本、世界に目を向ければ、私が彼らに肩を並べ、さらに勝つことなんかできるはずがないと思い知らされたのです。しかし親友の父への尊敬は本当でしたし、道こそ違えど、絶対にもっとかっこいい大人になりたいと決意を新たにしたのもこの頃でした。それからは人材派遣の会社を設立するなど、様々な挑戦の中で、自分が本気になれることを探しました。そして考え抜いた結果、元々志望していた建築家ではなく、ディベロッパーという道に進むことに決めました。

 

新卒会社員時代

こうして憧れの背中を追い抜くべく社会出たわけですが、そこには大きな壁が待っていました。新卒で入社した会社はすでに20年以上の社歴があり、確固たる基盤の構築されている会社でした。これまでの成功に基づいた正解を持っており、その通りに仕事をこなさなければならず、新しいことに挑戦したいという私の想いは叶えられませんでした。また同僚や先輩も不平不満を言う人が多かったのですが、安定した現状を捨てられず「とりあえず」会社に残っている人が多いという環境も、私にとっては耐え難いものでした。そして、3年が経った頃「周りが辞めないならば自分が辞めよう。自分が辞めて成功すれば、みんなの後押しになる!」そんな考えがよぎり、転職を決意しました。そんな折、ある不動産ベンチャー企業から誘いを受けました。それがエスグラントコーポレーションとの出会いでした。当時のエスグラントコーポレーションはいわゆるベンチャー企業で、不動産、建設の知識を持った私に、仕事のすべてを任せたいというオファーをくれました。これまで自由に動けなかったことがフラストレーションになっていた私にとっては、とても魅力的なお誘いでした。とはいえ立ち上がったばかりもベンチャー企業ということもあり、不安もありました。しかし最後はその熱意に負け、この人たちとならば本気になれるという確信を持てたことで、入社を決意しました。

 

エスグラントコーポレーション時代

実際に入社してみると、言葉通り、本当に一から十まですべてを任されました。周りに私より知識のある人がいなかったという事もありますが、それ以上に「任せる」という言葉の重みを大きく感じました。当然すべてが十分に分かっているわけではありませんし、プレッシャーはこれまでに感じたことのないほどの大きさでした。しかし不思議とプレッシャーよりも期待感の方が大きかったのも事実です。これまで「出る杭は打たれる」という閉塞感の中でフラストレーションを感じていたからこそ、やってやる!やるしかない!!という環境に置かれたことが逆に心地よかったのだと思います。この頃の私はとにかくがむしゃらに働きました。週に3日は会社に泊まっていましたし、毎日仕事のことばかりを考えていました。そのおかげで会社は4年で上場を果たし、私も役員として多くの部下を抱え、本当に毎日が充実した日々でした。しかし2009年に事件は起こりました。リーマンショックの影響を受けて会社が民事再生を申請することになりました。事実上の倒産です。本当に最後まで諦めず走り回りましたが、最終的には力が及びませんでした。私は必死で作り上げたエスグラントコーポレーションという会社が大好きでしたし、それ以上に一緒に働く仲間が大好きでした。そんな会社と仲間を守れなかったことに憤りと無力感を感じずにはいられませんでした。しかしこの時に同時に芽生えたのは「このままじゃ終われない。負けっぱなしじゃ終われない。」という決意でした。そしてすべての債務を整理し終えたとき、私は「株式会社SYLA」を立ち上げました。

 

SYLAという会社

SYLAを立ち上げてから一番変わったことは、会社に対する愛情です。もちろんエスグラントコーポレーションという会社が大好きでしたし、それ以上に好きになることはないと思っていました。しかしながら実際は、0から作り上げたことからくる愛着や、自分しか責任が取れないというプレッシャーは、より大きな愛着を生んでくれました。また仲間に関しても感じ方が変わりました。これまでは一緒に戦う仲間という意識でしたが、現在は自分の子どもという意識の方が強いです。絶対に守らなくてはいけないという責任感はこれまで以上に感じていますし、幸せになってほしいという気持ちになりました。そのため社員にはできる限りたくさん稼がせてあげたいと考えています。もちろんお金がすべてという事ではありませんが、お金があって初めて見える世界があることも事実です。自分が幸せになるためにより多くの選択肢を持ってほしいと思うのです。そのためにも近い将来、会社を売上200億円、従業員数200名の会社にしたいと思っています。そして誰からも愛される会社になって、社員を幸せにできる組織が作れればと思っています。