湯藤善行オフィシャルブログ 「湯党」 ~This is YUTO-style~

自分軸探訪~己を知り、己の道を創る~

自分軸探訪#1「常にかっこよくいる」【株式会社シーラ 代表取締役 湯藤 善行】

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― さっそくズバリな質問ですが、湯藤さんが仕事をする上で一番大切にしたいことって何ですか?

うん、それは「常に誠実でいる」ということでしょうね。これを別の言い方をすると「かっこよくいる」となりますが・・・・。

 

「かっこよく」というのは具体的にはどういうことでしょうか?

もう常にかっこいい自分でいたいんですよ。発言にしても、行動にしてもね。何をやっても「すごい」とか「偉い」って言われたいというのが根本にありますし、自分自身を律する為の「自分ルール」にしています。私は結構自分に甘いので、簡単に怠けてしまいます。だから、そうならない様に、「自分ルール」を作っているんです。それが、常に「かっこよくいる」です。

細かく言うと「嘘をつかない」、「真摯に振舞う」、「逃げない」ですね。例えばエスグラントの債務整理の時にも、最後の最後まで走り続けられたのは、そのおかげです。勿論、一番はご迷惑をおかけしてしまった、債権者の方々への申し訳ない気持ちや、守りきれなかった仲間への自責の念ですよ。しかしそれだけではどうしても、心が折れそうになったり、逃げだしたくなったりもするものです。そんな時は必ず「逃げずに最後までやりきる事がかっこいい」「債権者の方とも本気で真摯に向き合って、理解してもらうことがかっこいい」「自分の気持ちに嘘をつかずに受け止める事がかっこいい」と自分に言い聞かせてきました。いつも迷った時や、心が折れそうになった時、間違った方向に進みそうになった時、自分が本当にかっこいいと思える「方向性」や「答え」を考えるんです。そうすると、自ずと自分の進むべき方向が見えてきます。

 

どちらがかっこいいのか。それがわかっていても行動に移すのは、怖いものではありませんか?

確かに、怖くない。と言えば嘘になるのかもしれません。でもそんな時ほど自分と向き合って、自問自答をし続けます。「本当にその判断はかっこいいのか?」「この局面を乗り越えられたらかっこいいんじゃないか?」「逃げ出す事は楽だが、後悔しないと言い切れるのか?」という感じですね。もちろん逆に「ここは勇気ある撤退がかっこいい」という判断をする時もありますよ。その時々によって変わりますが、とにかく自分がかっこいいと思えるか、本当に将来後悔しないのかという軸で判断をするようにしています。もちろんそれでも後悔はしますけどね()。後悔は極力減らしたいと思っています。


 

―なるほど。私はそこまで意志がないというか…、湯藤さんのようにはできないかな…、と思ってしまうのですが…。

そんなことはないと思いますよ。ただ一つ感じているのは、何を判断するにしても「それは正しい決断なのか?」「本当にやりたいことなのか?」「本当に後悔しないのか?」といった事を考えずに行動している人が多いなということです。それではいつまでたっても自分の軸はできないと思います。まずは自分の中の常識に疑問を持たなくてはいけないと思うんです。その判断は自分の信念や判断基準に沿ったものなのか?もしかすると周りがいいと言っているだけで、自分は流されているだけなんじゃないか?そもそも、自分の判断基準ってなんだろう?信念ってあったかな?後悔しない様に生きているかな?などと考え抜くことで、ようやく自分の軸が見えてくるものだと思います。誰しもそうだとは思うのですが、自分のことってあまり真剣に考えていないと思うんです。基本的に無意識な状態で自分と向き合える人は、ほとんどいないんじゃないですかね。だからこそ意識的に自分と向き合う習慣をつけなくてはいけないと思います。

あとは向き合った結果(自分の考え)をアウトプットすることも重要だと考えています。たとえモヤモヤしている状態でもいいと思うんですよ。誰かに聞いてもらったり、書き出したりしていく中で新たな発見や違和感が見つかって、それが軸を固めるきっかけになったりもしますからね。だから私は今でも思った事を口に出し続けているんです。まあ、時に無意識的に行動してしまい、間違った事を今でもたまにしてしまっていますが・・・・(苦笑)。

 

―軸を見つけるには、意識的に自分と向き合って、自問自答することが大切なわけですね。

そう思います。人によっては、自分の「信念」や「拘り」を誰かに話すのを嫌がって、しない人も結構いると思います。それは、きっと周囲から可笑しいと言われたくないとか、誰かに自分の考え方を否定されたくないとか、そんな理由だと思うんです。でも、数名の誰かに笑われたり、否定されるくらいでブレたり、折れたりする信念や拘りなら、それって本気じゃないということだと思います。オタクと呼ばれる人達なんか、ブレない軸を持った最たる例だと思いますよ。どんなに否定されようが、揶揄されようが、ブレない自分を見つけられたら本当に凄いじゃないですか。その為には一生懸命、自分の本音に向き合う事が必要なんだろうといつも思っています。


―自分の常識を疑い、自問自答をする。昔から意識されていたのでしょうか?

いやいや、そんな事はないですよ。昔は本当に普通というか…、箱に入って育ってきたなって思います。やはり変わったきっかけは、高校生の時ですかね。僕が通っていた高校ってちょっと特殊で、全員が帰国子女だったんです。もう無くなっちゃいましたけど(涙)。言葉だったり、社会環境、風習も大きく異なる場所で育ってきた人が集まるわけですから、結果的に仲間の感性がちょっとずつ違ったりしますよね。あとは当然ですが、仲間たちの両親は様々な国際舞台で活躍する人だったりするわけです。そうなると日本のサラリーマン家庭の常識が通用しなくなったりするんですね。そこで自分の持っている常識だけが、常識では無いという事に気づかされましたし、自分が教え込まれてきた幸せの形が正しくない可能性もあると思うようになりました。ある友人なんかは、湾岸戦争真っ只中の中東にいて、食事の最中に目の前のレストランが爆発したりしていたと言っていました。もうこうなってくると、常識も何もないですよね()

ここまで常識が崩壊すると、幸せの尺度とかも変わってくると思ったんです。だから自分にとっての幸せってなんだろう、自分っていったい何者なんだろうって考える習慣がついたのだと思います。そして、社会人になってから、更に言えば、マネージメントをする立場に立たせて頂くようになってから、更にその習慣に拍車がかかったと記憶してます。より自分の選択に、一挙手一投足に、結果と責任が伴わなければならなくなって、マネージメントする為の軸が必要になったから、一生懸命再度自分自身と向き合いました。その結果としていきついたのが「常に真摯に誠実にいる。何事からも逃げない。」要は「常にかっこよくいる」という事だったんだと思います。


―ありがとうございます。それでは最後に、これから自分の軸を見つけていく学生の方々にメッセージをお願いします。

幸せの尺度って、人それぞれだと思うんです。大切なのは自分自身がどれだけ本気で満足できるかということ。そのためには、誰かが決めた常識や、目の前にある安定、プライドを満たしてくれる、安易な決断をしてしまっていないか?是非一度、疑ってみて下さい。例えば、就職活動で言えば、「両親がいつも言っていたから銀行に就職したい」とか、「友達に自慢できるから外資系企業に入りたい」とか「みんなが大手企業って言っているからとりあえず大手」などと、そこに自分の軸が全く無い決断は、是非やめて欲しいと思います。誰に何を言われようと、本気になれること、熱くなれることを、見つけ出して欲しいと思います。その為に、とことん自分自身と向き合い、本当の自分を見つけ出して欲しいですね。そんな事を一生懸命繰り返し考えていれば、きっとあなたにもブレない、幸せにつながる軸が見つかるはずです。今はまだ軸なんてないかもしれません。どうやって見つけるのかも分からないかもしれません。もしそうなら、我々と共に見つけにいければいいなと思います。一緒にがんばりましょう!